久保本家酒造の酒造り

About

東(ひむがし)の野にかぎろひの立つ見えて返り見すれば月かたぶきぬ

 久保本家酒造のある大宇陀は『万葉集』の歌人にも愛された風光明媚なところとしても知られております。
 ここは飛鳥の都からも近く、『古事記』や『日本書紀』の神話にも登場する日本発祥の地であります。また中世には織田信長の子孫が所領する城下町でもありました。その後近世の頃にも熊野古道や伊勢街道につながる宿場町として人や物が行き交いとても賑わっておりました。
 このころ初代久保勘兵衛が吉野の奥山より出でて、江戸元禄時代に現在の場所で酒造りを始めました。大宇陀という当時の先進の地で一旗揚げてやろうという志があったのだと思います。それ以来久保家は300年余り酒造を続けてまいりました。
 今この歴史ある風土の下で酒を造ることはとても夢のある仕事と感じています。こんな酒造りにたずさわるにはプロとしての妥協のない姿勢が常に求められます。酒造りの技術を磨き蔵人としての道を極めていく中で、人格がつくられ成長していくことを目指しております。それがひいては地元の町づくりにもつながり、さらにはお酒を飲む方々にも物心両面における豊かさを感じていただければと願っております。
 どうか四季折々の肴と合わせて私どものお酒を心ゆくまでご堪能くださいませ。まずは一献。 蔵元 久保順平

純米酒と完全発酵

「蒸しを締め、糀を締めて、味を切る」完全発酵の極意

これは私ども久保本家酒造の杜氏加藤の師匠である上原浩先生の名言です。一言で言えば、「完全発酵」とはすべて生物は厳しい環境下で育てると耐久力がついて、正念場で生命力が増してエネルギッシュになり、素晴らしい働きをするということです。米作り、糀菌、酵母菌すべてについて言えます。農業をやっている方からすれば当たり前でしょうが、例えば、田植前に苗床をつくるときに、わざと栄養分の少ない痩せた山土を使い、水も少なめに与える。苗をいじめる感じです。こんな厳しい状況下では、苗は黄色っぽくちょっと元気がなく弱弱しくなります。これで田植が行われます。するとどうでしょう。反動がすごいです。いきなり、生き生きとし始め緑が濃くなり、1カ月もすると分けつが多くなり、少々の台風や厳しい気候にも負けません。秋になって刈り取った実は締まって酒造りに最も適したお米になります。
酒蔵では通常、精米、洗米、浸漬、蒸し、糀つくり、酒母、もろみ、圧搾、ろ過、瓶詰、貯蔵といった工程を経ます。結論を言いますと、日本酒の場合、お米のでんぷん→グルコース→アルコールという2つの変化が同時に同じ場所でおきます。これを専門用語で並行復発酵と言います。ワインの場合ですと、ブドウの中に糖分がありますから、これが発酵するだけで単発酵と言います。ビールの場合は糖化と発酵が完全に分かれているスタイルです。日本酒の場合はいかにこの糖化と発酵を同時にどうバランスさせるかで決まります。これらのすべての工程で微生物にとって厳しい環境を与えて鍛えて、ここぞという時に力を発揮する準備をさせる。これが完全発酵です。上原浩先生がおっしゃられた言葉ですが、先生も完全なんて言うものはない、これは観念的なもので、実際に糖分を完全に分解し尽くすまで発酵をすすめることはあり得ないとおっしゃっています。

生酛造り

生酛造りは、日本酒造りの出発点

-久保本家酒造杜氏 加藤 克則- 酒造りは掃除から始まります。酒造り中、蔵の中の掃除が行き届いていないのはいただけません。人の口に入るものを造っているのだから、まして自分たちが一番飲むのだから。手を抜かずに掃除をやってほしいと言うと、蔵人たちは言われたこと以上のことをやってくれます。指示された以上のことができなければ、まっとうな生酛純米酒はできないと考えて酒造りを行っています。 酒造りをする前は、生酛純米酒を造ることがゴールでしたが、プロの造り手となった今は出発点。生酛造りは、日本酒造りの基本であると考えます。 香り系の速醸酛の造りとは違う、米洗い・蒸し・麹・酒母(しゅぼ)・醪(もろみ)それぞれの操作、作業があり、ある意味完成されています。生酛造りの作業の一つ一つの道理を理解してこそ、新しい技術である速醸を、難なく行うことができるものと考えています。 「生酛のどぶ」は、白身のお刺身には合わせにくいですが、赤身の魚や肉、野菜の煮物やおひたし、乾物まで普段の料理によく合うと思います。あまり自己主張しないお酒です。割水燗にして、食中酒として飲むのが一番落ち着く飲み方です。 麹の出来が不十分で、イラ湧きしたような薄っ辛い酒は、本来の辛口ではないと思います。麹を栗香を超えるまで造りこみ、その強い酵素力により糖化された糖を、余すところなく発酵させること。雑味が全く感じられなくなるまで発酵した醪こそが、ちゃんとした辛口だと自分は考えます。
出典 山本洋子 『厳選 日本酒手帖』より抜粋

長期熟成

久保本家酒造では10年以上酒蔵で寝かせて販売するお酒があります。長期熟成酒です。熟成することで甘い、辛い、渋い、苦いなどの五味が渾然一体となって深みが出てくるのが魅力です。多様な成分を時間をかけて変化させ風味が調和し、洗練されてきます。これはソトロンという物質が出てくるからで、その濃度が濃くなると、黒糖と言うか、スパイシーな香味さえ出てくるようです。生酛造りのお酒のしぼりたては固く締まった感じですが、熟成することで本領が発揮されます。生酒は冷蔵庫に入れておくのが常道ですが、火入酒は常温で夏季の温度もそんなに上がらない酒蔵だと長期間でも寝かせることができます。これをお燗にして、カラスミや、ブルーチーズなどの珍味と合わせると最高に美味しいです。
歴史的には鎌倉時代や室町時代の文献に「美味なる三年古酒」などと言う記述が残っております。江戸時代にはさらに進んで、十年古酒の香りと風味を絶賛しています。日本酒需要の低迷と反対に、個性的な日本酒を造る蔵が現れ、久保本家酒造も純米酒の長期熟成酒に挑戦する酒蔵のひとつとなっております。長期熟成酒の未来は明るいと確信しております。